~終わり~

今この時期色んな意味で終わりを迎えた人がいると思います。現役生の人は高校生活が終わり、浪人生の人も今年の受験生活はひと段落終わりました。このブログも最後にしようかと思います。どうか最後まで読んでいってほしい。

 

話は変わって、昔僕のことを好きでいてくれた異性の子がいました。僕ももちろん初めのうちは好きでした。でもそういう感情は日に日に崩れ去っていった。相手が重かったから。それがだんだん束縛されているように感じられた。そうしてだんだん嫌になって僕はとうとうその相手と縁を切ることにしました。ほぼ一方的だったと思います。僕は耳を貸さなかった。最後の最後まで好きだと言ってくれた相手に。

 

実は最近まったく逆の立場で自分も同じ経験をしました。もちろん僕もいけないところが多かった。でもその時初めて相手の痛みが分かったのです。相手の心が離れていく悲しさ、相手に喜んでもらいたかったがためにしてきたことがすべて無駄になってしまった辛さ。今思えば僕が過去に縁を切った行為は自分勝手で身勝手な行為だったと思います。何か別の方法を模索するべきだった。相手を傷つけるべきではなかった。

 

たしかにいくらでも言い訳はできるし理由をこじつけることもできる。けれどそうなってしまった過去はもう取り返しのつかない過去になってしまうかもしれない。自分がしたことはほぼ必ず自分に返ってくる。でも人はそのときになってようやく相手の本当の痛みを知ることができる。

 

けれどそんな後から痛みを知ったところで取り返しがつかなくなってしまっては何の意味もない。だから皆さんには他人事だと思わないでほしい。

 

自分にどんな言い分があろうとも、どうか自分のことを思ってくれる人、友達だろうが恋人だろうが、本気で向き合ってくれる人のことを大切にしてほしい。何があっても捨てるべきではない。たとえその時そうだと思えないことがあったとしても、いつかそうしておいてよかったと思える日が来るから。これからでもいい。大切な人との関係だけは終わらせてはいけない。

 

「一期一会」 人と人との出会いは一度限りの大切なもの

 

最後に短い間でしたがこんな拙いブログを読んでくださった方々、ありがとうございました。

 

それでは、

 

さようなら!!!

「ホンモノ?ニセモノ?」

今回も人間関係についてだが少しシビアな目線で書くことにした。

 

あなたにとって本当の友達と言える存在はいるだろうか?では聞くが、今まで仲良くしてきた友達とは今でもよく関わりはあるだろうか?

自覚がある人もいるだろうが、LINEを交換して初めのうちは会話が弾むだろうが、だんだんと疎遠になることはざらにあることだと思う。

 

正直僕は所詮その程度なら、その繋がりに意味はあるのか…?と思ってしまうのだが、それは仕方がないことかもしれない。

 

だが、重要なのは、いつも自分から発信しているのか、そうでないのか。

 

自分から発信しなければ維持できない関係ならばそれを友達とは言えないと思う。

本当の友達なら、自分が辛いとき、悩んでいるときに自然と声をかけてくれるはずだ。

別にそんな状況でなくたって構わない。自分から関わっていかないと関りがないなんてものはそもそも相手が自分に興味がないということだ。

 

お互いが発信し合う関係こそ本当の友達だと僕は思う。

 

相手に与えてばかりの関係は損をしている。

与えられるだけでなく、与えるばかりでもなく、ギブアンドテイクの関係であることは大事。

反論もあるかもしれない。

 

しかし、人と関わっていく上でそれが本物の関係であるのか、上辺だけの偽物の関係であるのかを見極めることは大切だ。

人生におけるリスクヘッジをあなたはできますか?

あらかじめ言っておきます。実は今回の記事はあまり親しい人には見られたくない事を書きます。何故かと言うと…自分の弱さを露見させてしまうからです…(笑)

それでも、きっと誰かの役に立つ事を願って書くことにします。(今回は切実な思いで書いてますので文章を敬体で書いてますが気にしないで笑)

では書いていこうと思います。

 

 

始めに。

リスクヘッジとは・・・様々な起こりうるリスクを回避したり、その大きさを軽減するように工夫すること。

 

 

問.明日あなたにとって大切な人(家族、恋人、その他大切な存在)を失ったらどうしますか?

 

正直に言います。大げさかも知れませんが僕なら恐ろしく落ち込みます。数日間何も考えることが出来くなってしまうかもしれないくらいには。

例えば。皆さんが共感しやすいことで言えば、明日母親を失ってしまうことになったらどうしますか?あなたは今まで母親にしてもらっていたことを全て自分1人でできますか?

なんともへっちゃらでその日以降を過ごすことはできますか?もしかすると「そんなの余裕だよ」って言う人もいるかもしれません。

でもここで誰にとっても大切であると言える事は何だと思いますか?

 

それは、「準備をすること。意識をすること。」なんです。もちろん1人で何でもできるようにしておくこともそう。そして何よりも大切であらゆることに通用するのは「『心』の準備。意識。」ですね。

いつも当たり前のように自分と関わっている人が本当は当たり前ではないということ。もしかすると今まで仲の良かった友達と些細な出来事がきっかけで縁が切れてしまうことだってあるかもしれない。

それは友達ではなく恋人でもありえるかもしれない。

家族とも急に何かしらで別れが来るかもしれない。

家族にも恋人にも友達との間にも何が起こりうるかわからない。

 

実はこんな事を言っている僕は家族とも恋人とも友達とも、関わっているうちにそれがいつまでも続くんじゃないかってどこかで安心してだんだん意識が薄れて言ってしまう1人なんですよね。だからこそいつも気づくのです。失った友達が、失った恋人がどれだけ自分にとって大きな存在であったかを。

 

だからこそ、この記事を読んでくれた人にはきちんと「心の準備」をしてほしい。そして何より「当たり前」は存在しないってことを忘れなないで周りの人と付き合って言ってほしい。少しでも「後悔」というものへのリスクヘッジができるように。

 

だからこそ、僕も今自分の周りにいてくれる人を大切にしたい。1年前から僕が自分の心に言い聞かせて来た言葉。記事を読んでくれた人には「一期一会」を大切にしてほしい。極端かも知れません。けれど一度出会って、縁が切れてしまえばもう二度と顔を合わせて話せる機会も、笑い合える機会もなくなることだってあるかもしれないのですから。

家族も友達も恋人も今まで出会ってきた人を大切にしましょう。

 

(最後綺麗事みたいになってしまってすみません。)

サクラ

ごきげんよう。もう入試始まってる人も多いので今回は少し早めに更新することに。

 

ところでちょうど今の時期は私大入試で皆忙しい頃だと思う。もうすぐ国公立の前期も始まるだろう。そして1ヵ月、2ヵ月後には「サクラが咲く」人も「残念ながら…」な人も現れるだろう。

でもここで僕はふと疑問におもうのだ。

 

「『サクラが咲く』って何やねん!!!」

 

いや、これでは分かりにくいだろうから言い換えてみる。

 

「なんで『合格』=『サクラ咲く』なんや!!」

 

僕は色々考えてみた。「合格したらよく想像するような学校の門をくぐって桜吹雪の校内を歩くからか?」「いや、もしかすると合格というものをサクラが花開く瞬間の美しさに例えとるのか?」

それぞれある結論に辿り着いた。

 

まずは前者。単刀直入に言おう。

 

「桜吹雪て…。サクラ咲いとる言うより散っとるやないか!盛大にサクラ散りまくってるやん!!!」

よってこの考えは不適。

 

次に後者。一見、「お、これはよさそう!」って思うかもしれない。けれど僕から言わせれみれば「なんや花開く美しさて!え?浪人は美しくないんか?汚いんか?春を迎えればサクラは咲くに決まっている。だから別に浪人にもサクラは咲いとるやないか!」

となってしまう。

 

だから浪人生も現役で浪人を考えてる人も、今年受験する人には言っておきたいことがある。賛否両論はあるかもしれない。だが僕はそんなことに目も向けず言わせてもらう。

 

「安心していい。受かっても受からなくてもみんなに春は訪れる。そしてどんな結果でもみんなにサクラは咲くんやで!!」

 

そして僕はこれだけは言っておく。

「もちろん僕にも今年は盛大にサクラは咲くんや!『二浪』という名のサクラがな!!!そして合格してさらにサクラ咲き散らかすぞ!!」

 

 

 

(こんな事を最後に言いましたが今後も勉学に精進していきたいと思います(震え声))

 

"惰性"は"ダセェ"

そういえば、去年の秋頃大学生のリア友(?)と話した事があって、その時に話した事がきっかけでその人の事があまり人として好きではなくなかった事があった。どうしてそんな風になってしまったかを話そうと思う。

 

さて、大体の人は「○○になりたい、○○がしたいから大学に進学する!」とか「まだあまり詳しい事は考えてないけど、○○までにはある程度自分の進路とか決めて〜(以下略)」みたくある程度自分の中で計画であったり考えがあって大学に行くはずだ。

 

その当時僕(浪人生)は思うように成績が伸びず進路で悩んでいたので、周りの人の話を聞いてみるのも何か自分の中での判断材料になるかもしれないと思い、その人にも話を聞くことにしたのだ。

しかし、その人と色々話した時に出た内容は「とりあえず、大学いってる〜」だとか「明日は飲みで優勝する(笑)」だったり、正直僕としては「は?(お前は酒で優勝できても、大学卒業したら初戦敗退やないか)」ってなってその後その人とは関わることがなくなってしまった。

 

加えて話すと、どうやらその人はもともと志望していた学部とは別の学部に通うことになってしまったので、春あたりは仮面浪人をしようと考えていたのらしいがどうやら続かず。僕が「本当にやりたい事なら挑戦するべきじゃないか?」と勧めるも「え〜どうせ無理だしいいや」と言って結局何もすることはなかった。もちろん仮面を続けるのも、やめるのも各人の自由だと思う。でもやはり、そうであるならばより自分の将来どうしていくべきか考えることが大切ではないだろうか?

 

まぁ、そういった事が相まって僕はその人のことがあまり好きではなくなってしまったのだが、何が言いたいかというと

 

「自分の将来について計画を立てること、夢を持つことは大切だ」

 

ということ。

計画性のある人、夢に向かって努力している人はやはり尊敬できるし、素晴らしい。

(まぁ、こんな事を言ってる僕はやりたい事のためとはいえ二浪を決めてる浪人の身なんですけどね…(笑))

 

本当に大事なのは偏差値でも学力でもない。自分の人生をどれだけ本気で考えることができるか、あとは自分の選択に納得できるかどうか。

 

一度皆も今自分が何故大学に行っているのか、または受験生なら何故大学へ進学するのか、したいのかを考えて見てはどうだろうか。